長い闘い

この前の病院からこっち、自分の気持ちをまとめよう、まとめようと思いながら日々が過ぎて。
高知へも、友人と行ったので、物思いにふける、というわけには行かなかったんだけど、それなりに書いてみようと思ったり。

とりあえず、執行猶予っていう言い方になっちゃったけど、移植は少し保留になった。
すごく泣いて、すごく覚悟して行っただけに、拍子抜けという気分もあったし、最初に言ってよという気分はもちろんゼロじゃなかったけど、それでも……

すなおに、良かった!って。リスク張らなくていいんなら、それに越したことはない。

もちろん、ここでしないことの不安がないわけじゃない。でも、そこの心配は先生にぶつけたし、一応納得のいく説明ももらえた(ような気がする)し、……結局の所、移植手術をするにしたって、しないにしたって、どちらにしたって「決断」は「決断」なんだよなって当たり前のことに気付いたり。
移植をするって決めるのも決断だけど、しないって判断するのも、その瞬間は、決断。

常に悩みながら、選びながら、病気と闘っていくしか、ないんだもんね。

そして、……すごく感謝。
周りの人に。家族、会社の人、その他……そしてここに。

私は弱音を吐くのがニガテ。心の中でどんなに泣き叫んでいても、目の前に人がいると、大丈夫だよって笑っちゃうんです。
親への電話でも、心の中では「助けて!」って叫んでる。でも、どんなに泣き声になっても、嗚咽がこぼれても、言葉は「うん、大丈夫だから」って言っちゃう。

それが出来そうになかったら、とりあえず逃げる。一人になる。電話を切る。
そんな私ですが。

でもネットだと、目の前にいるのはパソコンだけだから、言葉で弱音を吐いたり、ボロボロ泣いてても平気なんですよね。
でも、一人は寂しい。
そんな時に、コメントを頂いたりするのは、すごく嬉しい。
本当にありがとうございます。

この前の病院の前の日、いつぞや書いた「大人の付き合い」の人からも電話がいきなり来ました。
人づてに「大分大変みたい」と聞いたみたいでした。
「絶対なんとかするんだ!って決めて全力投球したら、結果が出ないなんてことはない。頑張って行け」って言われました。
すごく力を貰った。

病院で「少し延期しましょう」という話になって、翌日周りの人には少し延びたって言って。
「なんだ、驚かせて」「人騒がせな」とか言われるかと思ったら、本当にみんな「よかった、よかった」って言って喜んでくれた。
あぁ、恵まれてるんだなぁって思った。

多分ね、私がこうやってみんなから力を貰って、それがプラスのエネルギーになって、今の結果になれたんだって、そう信じてる。

これからも、多分いろんなことがあるんだろう。
検査の結果に一喜一憂して、いよいよ「やっぱり移植しましょう」ってなったときにはまた、きっとめっちゃ弱気になって泣くんだろう。
でもね、今回のことは忘れない。今の心の温かさも忘れない。
本当に、ありがとうございます。

そして……こんな記事でもリアルタイムでアップできないチキンな私。
……ツンデレっていうことにしておいてクダサイ……

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