涙の理由(わけ)

今日は久しぶりにゆっくりした休日だった。

昨日のワインなんかもそうなんだけど、手術を受けることになったら、かなり色んな制限がある。
それを、とりあえず後悔しないように、一通り踏んでおこうかとか、そんなことを考えて。

それから、二通目の母への手紙を投函して。

骨髄バンクから取り寄せた冊子や、この前病院で貰ってきた冊子のコピーや……
もちろん手紙も。

介護保険に社会人になってずっと入っていたんだけど、それを解約したら、130万くらいにはなるらしい。
月20万なら6ヶ月。通常貯金が40万あるから、それを全部使ってしまえば、8ヶ月はなんとかなりそうだから、なんとかなるかな、と皮算用。

高額医療保障(?だっけ)は、来年の確定申告との兼ね合いはどうなるんだろう?
調べなきゃいけないこと、たくさんある、けど……

色々、調べれば調べるほど、私はなんてラッキーなんだろうと思えてきた。

骨髄移植と言えば、白血病の人が多くて。
こんな風にあれこれ考える間もなく、「命が危ない、手術です、移植です」って……そんな人が多いような印象を受けた。
私は以前から、いつかこういう日が来るかもしれないと、最初のお医者様からも言われていたし、こういう日が来ても「今日明日」ではなくて。
先生から「よく考えなさい」って言ってもらえるほどの猶予があって。

今手術を受けなくても、10年後30%なら、そう遠くないうちに(それは3年とか5年とか)多分「やっぱり移植しましょう」ってことになるんじゃないかな、とふと思った。
そのとき、今より絶対に体力は落ちてる。
色んなマイナス要素が増えてる。

だったら、早く受けよう。そう思えた。だって私はすごくラッキーだったんだから。
「受けようか、受けまいか」そんなことで悩めるなんて、ラッキーなんだから。
どうせ、いつか受けるんだから。

もしそれで、26.5%に入ってダメだったとしても、「だってやるだけのことはやったもん」って、胸張って死ねる。
受けなかったら、「あの時受けておけば、違ったのかな」って後悔だらけで受けて、今よりも危険の確率が上がって、結局どうなるかなんて、どっちにしたって分からない。

まだまだやりたいことは沢山ある。でもそれは、だめだったとしたって、「私が」出来なくなるだけのこと。
仕事だって、誰かに伝えておけば、私の代わりにきっと誰かがやってくれる。
「ダメ」だったとしても、「移植の数字」の一つにくらいはなれて、次の誰かの役に立てる。きっと。

骨髄バンクから送ってもらった冊子を見てて、あぁ、私は恵まれてるんだ、と思った。
だってこんな風に、頭の中を整理する時間をもらえてる。

やっぱり考えてると、涙が止まらなくなる。
でもそれはただ「悲しい」とか「つらい」とかの涙じゃない。多分整理しきれない感情が涙になって出てきちゃうんだと思う。

だから、私はこのブログで多分すごく頻繁に「泣いた」「泣いた」と書くだろうけど(書いて来てるけど)、それはネガティブなだけの涙とは限らないって事、わかって欲しい。
感情を整理するための涙もある。
自分の幸せを神様に感謝する涙もある。ただ単に、不安に駆られて、泣いて泣いて、泣き疲れるための涙もあるかも知れない。でもそれは、多分私に必要な涙。

こんな涙があっても、いいでしょうか……

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