男と女の見方の違い

源氏に愛された女たち

なんだか、月に一度の更新になってますね、このページ。
まぁ小説ページよりは更新してますので、いいと言えばいいのですが。

ということで、この名を知らぬ人などいないだろう、という、大作家先生の源氏物語についての本です。が、語り口はわりとざっくばらんに、源氏の女性達についてこんなことを思うんだけど、どうかなぁ、という雰囲気が漂っています。

正直、男性が源氏物語について何か言うと、そこにはどうにもこうにも紋切り型というか、そういうものを感じてむずむずすることが多いのですが、この本は「そうか~、男性だと、こういう見方になるのか」と感じさせられる一冊です。

それは書かれている女性に関して特に思います。
わたしの好きな女性は六条の御息所とか、朧月夜とか、葵上とか、朝顔とか……なのですが。
……どうよ、この、夕顔や浮舟の扱い。
あぁ、やっぱり男性はこういう女性が好きなのね、とある意味愕然としつつ、どこか納得してしまう。
反面、六条の御息所に関しては、もう、こりゃ世の中の六条ファン(というべきかどうか……)は許さないんじゃないの、と言うくらいの扱いです。いや、詳しくは述べませんが。
瀬戸内寂聴さんの本の中で、「渡辺さんのその部分に関しては『違うわよ』と指摘したのよ」という旨のことが書いてあったので、それでとりあえず、自身をなだめているのです。
やっぱり六条の御息所というのは、男性からすると、何はともあれ「ゴメンナサイ」という存在だったのかな、と思いました。
また、この本を読んでもう一つ痛烈に感じたこと。
いや、源氏ってフィクションなんだってば。
「フィクション⇒紫式部が作り上げた世界」なんだってば。
こんなことをここで書くと、そんなの当たり前じゃん、と思われるかも知れませんが、この本を読んでいると、ノンフィクションなんじゃないかという気がしてきてしまうのです。

本の中で、出てくるんですよ。
「紫式部はこう書いているが、実はこの時の源氏の気持ちはこうこうだったのではないか」とか。
純粋に紫式部のフィクションとして楽しんでいるのなら、「紫式部がこう書いているのは男性としては納得できない」とか、そんな書き方になるんじゃないかと思うのですが。
紫式部がそう書いているなら、そうなんだってば。
……と突っ込みつつ。実は私だって、気付くとこの時の誰それの気持ちは実はこんなんじゃなかったのかな……とか考えてしまうわけで。
そこからユア源氏ワールドが始まるわけですね。あぁ、オソロシヤ。(笑)

源氏物語の魔力は、物語の中の人物が本当に生きて、その時代にいた気分になってしまう、というそのリアリティにあるのだと、そんなことを痛感した一冊でした。

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